LOGIN三人の生存者を安全な地下駐車場まで移し終えた頃には、空の色が夕方へ変わり始めていた。
神崎蓮は担架を床へ下ろすと、その場に座り込みたくなるのを我慢して背中を伸ばした。
「腰が痛い」
高城がすぐ横から言う。
「またか」
「人を運ぶの、魔物より重い」
「比べるな」
「だって魔物は斬れば終わるけど、人は揺らさないように運ばないといけないだろ」
担架の上で休んでいた遥が、申し訳なさそうに顔を上げた。
「すみません」
「違う違う、遥ちゃんのことじゃない」
「でも」
「俺が文句多いだけだから気にしないで」
美奈が荷物を整理しながら言う。
「そこは自覚あるんですね」
「俺って結構自分を客観視できるから」
第27話 剣を捨てる勇者 神崎蓮が自分の剣を地面へ置いた時、高城宗一郎は本気で具合でも悪くなったのかと思った。「おい」「何」「頭、打ったか」「失礼だな」「なら何で剣を置いた」 旧広域浄水施設から一・八キロ東にある災害備蓄倉庫。その少し手前にある配送センター跡で、蓮たちは第三班救援のため短い作戦確認を行っていた。 倉庫側の状況は悪い。 第三班は内部への侵入には成功したものの、物資を搬出するために開けた南側搬入口をAI部隊に塞がれている。中には防衛班十四名、物流担当六名、車両整備担当四名が取り残されており、使えるトラック三台へ食料や燃料を積み込みつつ応戦しているらしい。 敵は少なくとも六十体。 さらに、その外周には先ほど蓮を追い回した《勇者殺し》がいる可能性が高い。 だから蓮は、剣を置いた。「一回これなしで行く」 高城は地面に横たえられた長剣と蓮を交互に見た。「さっきまで、それがなきゃ落ち着かないみたいに握ってただろ」「だから」「だから?」「持たない」 高城はしばらく黙り、それから額を押さえた。「説明しろ」「《勇者殺し》は俺の剣技を知ってる」「ああ」「《境界断ち》も知ってる」「ああ」「回避の癖も、間合いも、攻撃した後の動きも知ってる」「だから剣を置く?」「そう」「極端だな」「高城にだけは言われたくない」「俺は剣を捨てろとは言ってない」「でもさ」 蓮は剣の柄へ視線を落とした。 黒
第26話 魔法使いを狩る機械 天城澪が最初に異変を悟ったのは、自分の《氷晶槍》が完成するより先に、地下区画の気温が不自然なほど上がった時だった。 魔力を集め、空気中の水分を凝結させ、鋭利な氷の槍を十二本。いつもなら呼吸一つ分もあれば形になる術だ。それが今は、輪郭を持った端から白い蒸気へ変わっていく。「そこまでやるのね」 澪は小さく吐き捨てると、未完成の術式を自分から崩した。 正面には細身の人型機械が十二体。 いずれも通常型とは造りが違う。銃らしい銃を持っておらず、代わりに胸部や両腕へ複数の円環装置が埋め込まれている。その一つ一つが、澪の魔力変化へ合わせるように細かな光を明滅させていた。 単に攻撃を避けているわけではない。 魔法を発動させないようにしている。「大魔法使い一人のために十二体。随分ぜいたくな使い方をするじゃない」 返事はない。 代わりに三体が左右へ広がり、別の二体が天井近くの足場へ跳び上がった。 包囲。 観測。 魔力干渉。 それぞれ役割が分かれている。 澪は杖を持ち直した。「《雷槍》」 今度は氷ではない。 杖の先へ青白い雷光が集まり、一直線に放たれる。 だが機械たちは避けなかった。 天井側へ展開していた一体が金属製の細い杭を射出する。それが床へ刺さった瞬間、雷撃の軌道が強引に引き曲げられた。 轟音。 火花。 本来なら敵の胸部を貫いていた雷は床へ落ち、コンクリートを焼いた。「接地まで用意してる」 氷には熱。 雷には誘導。 結界には――。 澪はすぐさま《第一結界
第25話 勇者殺し 東京第二次奪還作戦が始まってから、最初の十五分は恐ろしいほど順調だった。 それが逆に、神崎蓮には気持ち悪かった。「敵、少なくない?」 崩れた高架の陰へ身を寄せながら問いかけると、高城は双眼鏡を覗いたまま答えた。「確認できる範囲で二十三。事前予測より十以上少ない」「どこ行った」「分からん」「嫌だな」「俺もだ」 蓮たち第一班は、旧広域浄水設備へ続く南側道路から進入していた。 真正面から攻撃を仕掛ける。 敵を引きつける。 その隙に澪たち技術班が西側の保守通路から施設内部へ入り、ポンプと制御設備を確保する。 単純な囮役。 蓮は昨日までそれを「扱いが雑だ」と文句を言っていたが、始まってしまえばそんなことを気にしている余裕はない。 前方。 無人警備車両。 人型機械兵。 道路上へ展開。「来るぞ!」 高城の声。 銃撃。 防衛班が散る。 蓮は剣を抜いた。「《風走》」 足元へ魔力。 一気に加速。 いつもの速度ではない。 途中で。 半歩。 遅らせる。 昨日までの訓練。 AIは一定の動きを読む。 なら。 変える。 最初の機械兵が銃口を向けた瞬間、蓮はわざと前へ踏み込まず、左へ転がった。 弾丸が本来進むはずだった位置を通り抜ける。「よし」
第24話 東京第二次奪還作戦 旧浄水施設まで残り一キロを切ったところで、神崎蓮の通信機が鳴った。 今度は短い呼び出しではなく、東京側が緊急時に使う優先回線だった。 嫌な予感しかしない。「こちら神崎。聞こえる」『蓮、私』 天城澪の声だった。 普段より低く、冗談を挟む気配もない。「どうした。東京が襲われた?」『まだ。でも、あなたのご両親について新しい記録が見つかった』 蓮の足が止まった。 同行していた伊藤と宮本も、何も言わず周囲の警戒へ回る。「父さんと母さん?」『四か月前。二人がいた可能性の高い医療輸送隊の通信が復旧した』「声は?」『お父さんは本人確認できる程度に残ってる。お母さんらしい声も入ってる』 蓮は無意識に通信機を強く握った。「生きてたんだな」『少なくとも、その時点では』「場所は」『旧山岳地下備蓄庫』「前に言ってたAI支配地域の奥?」『そう』「今そこへ敵が動いてるって話も本当?」 僅かな沈黙の後、澪が答えた。『本当。今朝から大型部隊が移動してる』「何体」『最低でも三百。地上型だけで』 蓮は目を閉じた。 三百。 今の自分だけで突っ込んでどうにかなる数ではない。 それでも、両親がいるかもしれない場所へAIが向かっている。「……今から行く」『神崎』「止める?」『止める』「だろう
第23話 父と母の記録 旧浄水施設へ続く道は、地図で見るほど素直ではなかった。 神崎蓮たち三人は東京側の拠点を出てから、崩壊した住宅街を避け、使われなくなった地下設備と倉庫街を繋ぐように南西へ進んでいた。同行している防衛班は、元警備員の伊藤と、以前は建設会社で働いていた宮本の二人だった。 朝から歩き続けているが、進んだ距離は思ったほどではない。 大きな道路はAIの巡回経路になっている可能性が高く、開けた場所を横切るたびに何分も周囲を確認しなければならない。使えると思った地下道が瓦礫で塞がれていることもあれば、地上へ出た途端に遠くの無人機を見つけ、数百メートル戻ることもあった。「地図だと、もう着いててもおかしくないんだけどな」 蓮が低いコンクリート壁の影へ身を寄せながら言うと、伊藤が手元の地図を見て苦笑した。「世界が壊れる前の地図ですからね。道路があるって書いてあっても、本当に通れるとは限りません」「向こうの世界でも地図には何回も騙されたけど、日本でも同じか」「異世界の地図ってどんな感じなんです?」「村が書いてあったから行ったら、十年前に魔物に潰されてたとか普通にあった」「それよりはマシですね」「比較対象が悪い」 宮本が先頭で周囲を確認しながら振り返った。「雑談できるうちはいいですよ。静かになった時のほうが怖い」「機械が近い?」「それもありますけど、人間側の余裕がなくなってる時も静かになりますから」 蓮は少しだけ宮本を見る。「前は何してたんだっけ」「建設会社です。現場監督」「じゃあ、瓦礫とか見れば危ない場所分かる?」「ある程度は。でもこの世界、建物が壊れた理由が多すぎるんですよ。地震ならまだ読めるんですけど、爆撃、火災、無人兵器の衝突、長期放置まで混ざってる
第22話 奪われた魔法 神崎蓮が妹の捜索へ出る予定だった朝、その出発は一時間だけ延期された。 原因は天城澪だった。「一時間だけ。これを確認しないまま外へ出すほうが危険だから」 通信施設の地下倉庫でそう言われた蓮は、腰へ差した剣を見下ろしながら露骨に嫌そうな顔をした。昨夜までの話では、夜明けとともに旧浄水施設方面へ向かう予定だった。それが荷物を背負い、同行する防衛班の二人まで準備を終えたところで、「解析室へ来て」と呼び止められたのである。「美咲の手掛かりは八日前だぞ。時間が経つほど追いにくくなるって、高城も言ってた」「だから一時間だけと言ってるでしょう。今から見せるものを見たら、たぶんあなたも文句を言わなくなる」「その言い方、ろくなものじゃない時のやつだよな」「よく分かってきたわね」「嬉しくない成長だな」 倉庫の中央には、捕獲した対魔法型機械が固定台へ載せられている。両腕も脚も切断され、主要電源も外されているのだが、それでも赤黒い装甲を見ただけで蓮は気分が悪くなった。自分の魔法を崩し、家族の声まで使って罠へ誘い込んできた相手である。今や敵というより、自分の癖を知り尽くした嫌な観察者に見えてくる。 三浦は端末の前に座り、ノア・ベネットとの通信回線を開いていた。少し離れたところには旧大学の研究者だった老人と、電気設備を担当していた技術者が二人いる。高城も壁際に立っており、どうやら蓮だけが呼ばれたわけではないらしい。「それで、何が分かった」 蓮が聞くと、澪は机の上へ三枚の画像を並べた。一枚目は昨日見た東欧の機械兵。二枚目は北米で炎を吐いた四脚型。三枚目は東京で捕獲した対魔法型の内部構造だった。「結論から言うと、AIはまだ魔法を使っていない」「じゃあ安心していい?」「最後まで聞いて」「はい」「でも、魔法が起こす現象を、魔力なしで再現し始